2007年06月03日

U.S. hockey lecture

ちょっとうまく打てなくて見づらいかもしれませんが、今後いろいろアメリカとかの事も書いていきたいのであちらのアイスホッケーの構成を説明します。トライアングルをイメージしてください。




                  NHL
              ------------
                  AHL
         -------------------
                 ECHL
--------CHL----------UHL--------
                 SPHL


NHL=National hockey league
AHL=American hockey league
ECHL=Eastcoast hockey league
CHL=Central hockey league
UHL=United hockey league
SPHL=Southern professional hockey league


NHL、アイスホッケー界で世界最高峰のリーグ。野球で言うメジャーリーグですね。
AHL、2軍です。野球で言えばAAA(トリプルA)ですね。
ECHL、3軍です。AA(ダブルA)ここまでがNHLの直結の下部組織です。
CHL、テキサス中心とされてる独立リーグ。レベル的には3.5軍ですかね。
UHL、アメリカ五大湖中心とされてる独立リーグ。同じく3.5軍くらいかと。
SPHL、アメリカ人の中ではここまでがマイナープロリーグと認められているようです。





携帯の方、うまく見えてないと思います。ごめんなさい。
今回はPCで見てください。すいません。
posted by kazuma at 23:19 | Comment(0) | story of U.S. 06-07

2007年06月05日

Corpus Christy Rayz, part1

昨シーズンのお話を。

アメリカのマイナーリーグにトライしに行ったのはご存知かもしれませんが、どこのチームに行ったのか、どこのリーグに行ってたのかというのを知らない人は多いと思います。
いろいろと移りわたったんですがね・・・・・・・・。

タイトルにもありますが、初めは Corpus Christy Rayz というCHLのリーグのチームに行ってました。CHLはここ数年でとても大きくなってるリーグでNHLの下部組織ではなく独立リーグです。今は、17チームくらいあるのかな??レベルはECHLよりも多少落ちると思います。まー簡単に比べる事は出来ないのですが。というのも、独立リーグであるためルールも多少なり違うようです。やっぱりアメリカ人はガンガンチェックがあってファイトがある試合が好きだから、リーグによっては昨年から改正されたルール(フッキングやホールディングを厳しくとる)をそれほど導入していないところもあります。お客さんが入らないとリーグが成り立たないのでそれぞれルールが多少なり工夫されていて違うんです。

逆にECHLはNHLの下部組織であり、育成リーグと位置づけされているのでNHLの改正ルールは絶対一緒だし、ほとんどの選手がNHLからドラフトされた経験のある選手ですね。ただチームにもよりますが、福藤のようにNHLと直接契約してる選手は5人いないと思います。ここが複雑なのですが。いろんな契約形態がありますが、ほとんどが week contract. そう、週契約なのです。ECHLから下はほとんどそんな感じだと思います。また今度、この話はしますね。


去年は4月の時点で移籍リストに名を載せてアイスバッスを退団し、アメリカのマイナーリーグに挑戦したいと考えていました。トレーニングキャンプも簡単に参加できるものだと思ってました。しかし、7月からいろんなコネクションを使ってお願いしていましたが、これが決まらない決まらない。というのも、やっぱり名も知らない、リーグも有名ではない日本人を呼ぼうなんてチームはないんですね、それとビザの問題もあって。話によるとチームで振り分けられるビザの数というのも制限があるらしく、例えば1シーズン20個と決められていれば開幕の時点で15人(カナダ人)に使ったら、今後の移籍やトレードのためにストックしておく必要があるようです。まーGMなどの考え方にもよるんですが。

それと、9.11以降ビザ配給の審査とかもかなり厳しくなったというのもあるでしょう。

なので、どこの馬の骨かもわからない奴に、そう簡単にビザを発給することは難しいらしいです。お金もかかるし。そんな状況も知らずトレーニングキャンプが始まる3週間前くらいにようやくRayzから声がかかりトレーニングキャンプに参加できる事になりました。この時はやっと決まったという喜びが大きくて不安はあまりなかったですね。自分のプレーを見てもらえれば何とかなると思ってたので・・・・・・。



つづく


Rayz arena

Rayzのリンクです。

posted by kazuma at 14:35 | Comment(2) | story of U.S. 06-07

2007年06月11日

Corpus Christy Rayz, part of VISA

Rayz からinvitation(招待状)をもらったのはキャンプが始まる3週間前くらいでした。それまでは、公にブログ等で『アメリカのマイナーリーグにチャレンジします』と言ったはいいもののチームが決まらず、焦りや不安は結構大きかったです。また、チームが決まったら決まったでキャンプも近づいていて、ビザの申請(B1)や飛行機の手配など時間がなくて、無事に渡航できるのかという不安がとても大きかったです。ほんと全てにおいてギリギリでした。

特にアメリカ大使館でのビザ申請は予約が必要で、面接予定日が全く空いておらず、何度もネットで予約・緊急電話サービスで問い合わせ、を繰り返しているうちに奇跡的に空いたという感じでした。
ビザが必要なのかという疑問もあるかもしれないのですが、たしかに3ヶ月以内で終わるトライアウトであればビザがなくても旅行だと言って入国する事は可能だと思います。危険ですが・・・。ただ、それ以降のことを考えると、H2Bという季節労働者ビザに切り替えないといけないので必然的にB1ビザ(短期トレーニングビザ)が必要となるのです。

 

短期仕事に関わる件で入国
    ↓
それがビジネスとなるor会社に認められた
    ↓      
企業に採用されます
    ↓
就労ビザが必要

という流れになりますね。
 


それが

旅行で入国した
  ↓
採用される事になった
  ↓
旅行で来てたのになぜ??どういう流れで?
or
認められた。申請するために一度出国しないといけない=チームを離れる
 

など面倒な事が増えてくるらしいのです。
 
なので、B1ビザは取っていかないといけなかったし今後の為にも必要なビザでした。


しかし、友人など今まで申請したことのある人間に聞くと、簡単に取れた人もいれば何度行っても帰されたなどいろいろあるようで、ものすごく不安になりながらアメリカ大使館に行ったのを覚えています。渡米する7日前くらいに大使館に行ったので、そこで通らなければビザ無しのまま渡米しなくてはいけなかったし、もし通ってもちゃんと預けたポートが出国前に手元に帰ってくるのか??など更なる不安もありました。


アメリカにいる友人・先輩にいろんな面接のシュミレーションを想定してもらったり、質問に対する切り返しを練ってアメリカ大使館に向かいました。 服も少し気を遣いだらしない服装はせず、シャンとした格好で行きました。

しかし、面接というか、呼ばれて何個か質問されるとあっさり下りますよーーと言われ、かなり拍子抜けしたのを覚えてます。

面接官 『アイスホッケーのトライアウトでアメリカ行くんですかー?』
自分  『はい、そうです。』
面接官 『こんな暖かいとこ、テキサスにアイスホッケーあるんですか?』
自分  『ありますよ、何チームかあるんですよ。お客さんも入るようです。』
面接官 『へ〜、知らないですね〜〜〜。ポジションどこですか?』
自分  『FWです。』

        中略

面接官 『へ〜、頑張ってくださいね。ビザ出しておきますんで。』
自分  『後7日後に出発なのですが、パスポート何日前に戻ってきますか?』
面接官 『あー、大丈夫です。出国日前にはちゃんと戻ると思いますよ。』

という感じでした。

『なんで旅行じゃなくB1ビザが必要なのか?』
『あっちでの金の工面はどうするのか』
『どこに滞在して、トライアウトがダメだった場合はどうするつもりなのか?』

など想定していた質問は何一つ来なかったですね。面接官のアメリカ人もフレンドリーでいい人でした。
ネットで調べたり、いろんな人の話を聞くと、面接官によってだいぶ違うし、面接官の判断というのがとても大きいと言われてます。まー、ある程度の基準はあるんのでしょうが、人が人を判断するのだからマニュアルは無いと思います。フィーリングなのでしょう。
それと、面接と聞いててかなり腰が引けてましたが、ガラス越しに話すだけで自分がイメージしてたような面接では無かったのです。 
それから無事出発3日前くらいにパスポートが戻ってきて無事ビザが貼られていました。  
 


つづく

posted by kazuma at 19:37 | Comment(0) | story of U.S. 06-07

2007年06月18日

Corpus Christy Rayz, part 2

昨年のアメリカでの話です。


Texas 州の Corpus Christy へは Atlanta 経由で入りました。飛行機が遅れたり、乗り継ぎがずれたりでてんやわんやでしたが、無事 Corpus Christy に深夜着く事ができました???i?`???L?j


そこでいつも問題になるのがスティックです。荷物(オーバーチャージ)に含まれるか含まれないかなのです。。。。これによって結構お金取られるんですよね?`?s?l毎回交渉してます。

トライアウトですが、『プロ選手で仕事の荷物だからカウントされないよ!!』とか訳分からないこと言って免れました。いつも交渉20分くらいかかります・・・・・・・・。いろんなカナダ人からそうすれば大丈夫、と聞いていたので・・・。




さて話は戻りますが、Corpus Christy 着いてからはこんな日程でした。


1日目 team meating   &   フィジカルチェックQ&A
2日目 フィジカルチェック
3日目 フィットネステスト
4日目 用具チェック                18:00-20:00 practice
5日目 10:00-12:00 practice     15:30-17:00 scrimage
6日目 10:00-12:00 practice     15:30-17:00 scrimage
7日目 10:00-12:00 practice     15:30-17:00 scrimage



最後にリンクに乗った日から4日・5日ほど経っていたので、初日にリンクに乗るのは結構怖かったです。
2日空くとやっぱり感覚とか心肺機能とかずれが大きくなって対応できなくなってくるので、他の選手はどういうコンディションなのかな?とかスキルのレベルがはっきりとわからなかったので、不安はありました。


自分は飛行機や乗り継ぎで計20時間ほどで着きましたが、中には車で Minneapolis や NY から1泊2日くらいで来た選手もいました。やっぱり、車社会なのでわざわざ持ってくる人間多いんですよね。

車がないと新しい街に来てから困るので・・・・・・・。

コンディショニングの調整はみな大変そうでした。自分は時差がひどかったし。。。。



なので、時差を戻す為にも、リンクのるまでは一人で外走ってたり、ジャグジーやホテルのプールに入ったりしてなるべく日中に体を動かし、何かしら積極的に体を起している状態にしてました。4日目の初日のアイスタイムは、やっぱりかなり体が思うように動かずに苦しかったです。
他の選手も動き悪かったですね。

こんなレベルなのかな〜って感じましたが、今思うと他の選手も久々のアイスだからだったんですね。



6日目の午前から徐々に練習にもスピードが出てきて、練習自体は日本でやってるものとほぼ変わらないし目新しい練習はないのですが、氷が悪いし気候が暑いしで結構不慣れな点が多かったです。
まー当たり前ですけどね。異国の地+新天地だし・・・・・。



ちなみに、10月初旬のここの天気は90F以上、30℃は絶対超えてます。湿気もかなりありますし、
かなり暑い日が続いてました。



6日目の午後からは紅白戦も始まるようになりました。リンクに乗って3回目??
って早い感じもしましたが、開幕まで17日間くらいしかないので、しょうがないんですけどね。
ここらへんがマイナーリーグって感じしますよね。



以前紹介したトライアングルの通り、アメリカでは上のリーグからシーズンがスタートします。
NHLが9月初旬?中旬?くらいからキャンプが始まります。ルーキーはもうちょい早いのかな?
っで、そこで絞られ何人か落ちていくとAHLのキャンプが9月下旬くらいにスタートします。
その次は、10月初旬にECHL・CHL・UHLがほぼ同時にキャンプインしていきます。
最後はSPHLですね。キャンプは10月下旬くらいです。



それぞれ開幕もNHL・AHLはキャンプから1ヶ月後くらいにシーズンが始まり、他のマイナーリーグはキャンプの2週間くらい後に開幕します。各チームでトライアウトしていき、段々落とされた選手が積み上げたシャンパングラスからもれるようにして下へ下へと移っていきます。現場はそんなおしゃれなものではないのですが・・・・・・?????????`?i?????????j


契約にもよるらしいのですが、上から落ちたら誰でも下のリーグにすんなり行けるというのでもないようです・・・・。
自分のレベルの見極めや、どういった交渉・契約してキャンプに臨むのかというのも大切なんだと分かりました。
自分の場合はそんな選択肢も状況も行った当初は知らなかったですけどね。

脱線しましたが、下のリーグに行けば行くほど、みんなギリギリの時期までいろんな仕事しながら体作ってお金を貯めて、開幕前にちょこっとキャンプしてコンディションを短期間であげる。。。。。。。
で、試合を始めていきながらどんどん体作っていく、という感じでしょうか。


マイナー選手はやっぱりマイナー扱いで、それなりにホッケーに時間も掛けられず大変なんですよね。
チームメイトなどと話してるうちに、いろんな選手がいろんな想いを掛けて臨んでるんだなって感じました。

ちなみに、トレーニングキャンプの参加者は多分28人くらいでした。その中で残る人間という数字は始め発表されないんですけど、最終的に分かったのは18人ですね。GK入れて。


少ないんですよ。


これで1シーズン戦うのか???って人数だけど。
もちろんシーズン入ってからも入れ替わりがあるのですが・・・・・。


5日目からは紅白戦も始まりいよいよバトル開始って感じでした。
この時期はまだ闘争心むき出しってほどではないですが、やっぱ体が動かないながらも必死で無理して動かしてるのは、自分に限らずどの選手も同じようでした。でも、時差もあり、今ひとつキレや感覚が悪いな〜って言うのは感じてました。



そんな中、練習終わったら地元TVの取材あったり、CHLのリーグHPに特集されたり嬉しいニュースもありました。

でも翌日に、お前の英語わかんなくて字幕出てたぞ!!ってからかわれましたけど・・・・・・。



TVのインタビューはかなり厳しいだろうって思ってたのですが、地元TVが呼んでるから広報の人が行け行け、みたくなってなんとか答えたのですが、結局字幕スーパー手助け、でした・・・・・・・・。。

質問はわかるけど、答えられないんですよね、まー何はともあれ、ローカルだけどTV出れてよかったですよ。

と思いつつ、まだまだ不安も募り、今ひとつの動きのままスタートしたキャンプでした。







つづく


 

posted by kazuma at 19:09 | Comment(0) | story of U.S. 06-07

2007年07月05日

Corpus Christy Rayz, part 3

 
昨年のアメリカでの話です。



 8日目   ジムトレーニング
  9日目   10:30-13:00  practice
10日目     9:30-11:30    practice   19:30   Game at Austin  vs Austin Ice Buts
11日目     14:00             Home Game      vs Austin Ice Bats
12日目   10:00-11:30  practice
13日目   14:00             Home Game      vs SteelHounds




短期間でコンディショニングを上げるのは本当に辛いものです。
しかも、いろいろなことが新しく慣れないと心身ともに疲れも蓄積されやすく1週間しか経っていないのにかなりバテバテでした。

練習の合間も結構時間がなく、午前練習して、すぐジャンクフードを食べ、昼寝30分くらいですぐまたリンクへ戻る。っで、午後の紅白戦。というような流れになっていました。もちろん防具が乾いているはずもなく、ビショビショの防具を嫌々着て練習という感じでした。


しかし、どのマイナーリーグでも用具マネージャーはいて、練習で使った衣類は洗濯して次の練習までに乾かしてくれるし、防具も乾くように努力はしてくれていました。また、その手伝いとして、小学生くらいの子供と、その子分みたいな子供が毎朝学校前後にボランティアで手伝いに来ていました。乾いた衣類を各々の選手のロッカーに干したり、練習前の朝食やスポンサーのドリンク・プロテインなどを補充してくれたり。。。。。

こういったシステムは子供も楽しいだろうし、チーム側も助かるしいいシステムだな〜〜と思いました。

8日目のジムトレーニングは、積極的な休養というか、アイスタイムはないのですが、ジムトレーニングの日でした。それほどきつくやらないかと思ってたんですが、意外にきつかったです。あまり見慣れないバイクでバイクエアロビみたいなトレーニングでした。


bike


一人インストラクターがいて、音楽に合わせて立ち漕ぎしたり、思い負荷でゆっくり漕いだり、バック回転で漕いだり。様々な動きを取り入れつつ、脈拍も上げていくというようなものでした。
ほんとにビリー・ブランクスのように叱責したり褒め上げたり、テンションをうまくコントロールするやり手の女性インストラクターでした。





また、こういうリンクの使えない日はアリーナがコンサートや催し物をやる事が多く、この日はロデオ大会がリンクで行われていたようです。アメリカでのリンクは、ホッケーやフィギアをやるだけの会場というのは少なく、リンクの上にゴム製のマットを敷いてフェンスを外して、リンク上中央にある掲示板を天井まで上げて、リンクの面影がなくなるくらい変身してしまいます。そして、土をかぶせてスポンサーの車(この時はDODGE)を入れ、真ん中でロデオ大会やってました。


 
arena


DODGE


話が飛びまくって読みづらくて申し訳ありませんが、
Corpus Christy に来て1週間ほど経って、徐々に人がいなくなってる事に気付き始めました。
話には聞いていましたが、知らず知らずに人がいなくなっていくらしいのです。でも、エキシビジョンもやってないのに、紅白戦とかですでに決まるんだな〜〜っていうのがびっくりしました。評価は毎練習ごとに行われていました。

他の選手にあまり気付かれないように、コーチは選手を呼んで戦力外の話をされるようなのです。
そういった話をチームメイトとかと話してるうちに他人事ではなく、かなり切羽詰った状態になってました。
キャンプスタート時から緊張はありましたが、倍増ですよね。実写版ウルトラクイズみたくなってました・・・・・。
『コーチルームへ来てくれ』、それはすでに契約されている選手への細かな支持 or リリース(解雇)、の天国か地獄かの一声になってました。



そんな中エキシビジョンの試合も始まり、バスで4時間のAustinに向かって移動→試合でした。

 



つづく

 



明日は10:00より東照宮で坂ダッシュです。
ライブカメラ ← こちら


 

posted by kazuma at 22:15 | Comment(2) | story of U.S. 06-07

2007年07月17日

Corpus Christy Rayz, part 4

 
昨年のアメリカでの話です。


相手は同じデビジョンのAustinという街のIce Batsでした。バスで4時間の距離で、このチームが距離的に一番近い相手らしいです。もし、シーズン始まれば他は8時間12時間という感じになるよ!!って言われてました。

アメリカやはりでかいっす。



ここのチームでは早稲田の後輩の小林君と埼玉栄出身の河本君という2人の日本人がトライアウトに来てましたが、後でわかったのですが、このゲームの前にリリースされてしまっていたらしく会うことは出来ませんでた・・・・・・・。少し連絡取り合ってただけに残念でした。

 
さてこの日は、朝50分くらい普通に練習して、昼にサブウェイ食べてすぐ出発。トライアウトの疲れも溜まる一方だったので、結構しんどいスケジュールでしたが、条件は皆一緒だし、やっぱタフだな〜というのが印象的でした。

バスでの4時間が休みという感じでした。


バスはアメリカ特有のスリーピーバスではなく普通のバスでした。




この試合はエキシビジョンでしたが、アメリカでちゃんとした試合は初めてだったし、ヘッドコーチからの評価もあまり良くなさそうな雰囲気が続いていたように思えたのでかなり気合入れて臨みました。

Rayzのリンクは8000人収容できるアリーナでしたが、Batsのアリーナは新横浜のアリーナの観客席を半分なくしたような狭いリンクでした。なんか自分のイメージだとアメリカのリンクはどれも立派で大きなのイメージしてたので、始めは練習専用のリンクなのかなって思ってましたが、これがホームだったようです。

リンクのサイズもさらに狭くてビックリでした。

アメリカのリンクは、より激しいスポーツになるようにオリンピックサイズ(日本もオリンピックサイズ)より一回り狭くなっているのですが、ここのアリーナはさらにそれより狭くなっていて本当にプレーしていて窮屈さを感じるほどのリンクでした。ゴール裏がほんと人がすれ違えないほどだし、BL(ブルーライン)とCL(センターライン)が2蹴りくらいで届いちゃうほど狭いNZでした。

なので、ゲームやるとさらにスピード感を感じます。アメリカサイズで紅白戦はやってましたが、このアウェーでのゲームはよりタフでより状況判断の速さが必要だと感じました。

それと、アメリカの観客席は必ずフェンスに際まであるんですけど、そこに座っている人たちはみんな敵が来たり審判のジャッジに文句があるとパック持参していて、ガンガンフェンス叩いてブーイングします。
リンクが狭いという事もあって始めこの音が何なのかわからなくてちょっとびびってました。
ここぞとばかりにストレス発散とマジ叩きしますからね。


何もせずにフェンス際でフェイスオフしに行くだけでバンバン叩いてこっち向け的な仕草されてました・・・・・。



ゲームの内容は先ほども書きましたが、ガンガンチェックでスピーディーなゲームでした。

始めは日本との内容の違いに戸惑いましたが、冷静に冷静にを念頭になるべくシンプルに考えるように心がけてプレーしてました。他にはパワーがすごいからコーナーとかで一度つかまると逃げれないので、とにかく動き回ること。もちろん、パックが来るタイミングや見方とのスペースの共有もあるので無駄走りばかりは出来ないのですが・・・・。

1Pはやっぱりキャンプの疲れやハードなチェックで思ったように体が動いてくれないな〜というのが正直な感想でした。それと、チェックが激しいからウエイトトレーニングしてから走ってるような感覚でした。疲れ方がアジアリーグと全然違うな〜と感じました。





ところで、アメリカのベンチって狭いんですけど、こんな感じで座ってます。

     
       →   →   →  攻める方向  →  →  →

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      戻る人  出る人   戻る人                 出る人
            ↓         ↑       ↓                    ↑
 サブGk   DF DF DF DF   FW FW FW FW FW FW FW FW FW FW
        →スライド→           →スライド→
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 

フェンスとベンチは腕伸ばすくらいのスペースしかなくて人なんて歩けないんですよ。
なので、疲れて帰ってきても誰か帰ってくるとこの場合、右にスライドするんですよね。

慣れないとすっごい内転筋疲れます。たまに、コーチから背中蹴られると順番飛ばして蹴られた奴行きます。その場合はフェンスが日本より低い場合が多いのですぐ飛び越えて行けちゃいます。慣れると非常に使いやすいし、試合が見やすいです。

フェンスのドアはほとんど使わないです。出る人はみんなパチンコ玉みたく勢いよくジャンプして出て行きます。




そんなこんなですが、ゲームはとても均衡し、シーソーゲームでした。
確かに、内容的には雑だしチェック重視で、敵陣の奥でなるべくプレーするように奥へ奥へダンプしてプレーしていくというアメリカ・カナダスタイルそのものでした。日本でのホッケーの方が球技っぽいかもしれません。でも、アメリカ・カナダの方がホッケーって感じします。あえて表現するならですが・・・・・。


3Pはかなりの疲労でしたがやっぱり徐々にゲームにも慣れてきて落ち着いてプレーできるようにりました。
『なんか起こせそうだな』、そんな予感がしたまま時間は経過しており、1-3で負けたまま17分過ぎてました。もう最後のシフトだから全部出し切ろう、そう思って向かったシフトはAZでよく攻めれていて、パックもよく自分に回ってきてました。コーナーから来たパスをゴール横からもらい、そのままゴールを横這いというか、突っ込むようにしながらシュート打ったら入ってました。自分もよくわからなかったですけど、とりあえず良かったです。いろいろプレーで証明できたり出来なかったりでしたが、ゴールは何よりの結果・アピールになると思ってたので。

その勢いでチームは6人攻撃をかけてなんと15秒前に同点に追い付きました。



で延長となりましたが、




最終的には失点して負けてしまいました。




3−4。




まだまだ満足できる内容ではなかったですが、結果を残せたし、修正していけばやっていけるような手応えは掴んだように感じていました・・・・・・・・・・。




帰りももちろんバスなのですが、アメリカのマイナーではホームのチームが食事を用意してくれるんですよ。パスタやハンバーガー、サラダといった簡単なものですが、それをプラスチック容器に取り入れてバスで食べながら帰るという感じです。もうかなりバテバテだったので食べる気力もなかったですが、急遽次の日もまたゲームになると聞いて無理しても食べないといけないな〜という感じでした。



タフな日々は続いていきます。



 

つづく。
posted by kazuma at 15:27 | Comment(0) | story of U.S. 06-07

2007年08月23日

Corpus Christy Rayz, part 5

 
昨年のアメリカでの話です。


後で知ったのですが、Austinのゲームでは3rd Starに選ばれてたようです。

正直そんなのどうでもいいからチームと契約させてくれというのが本音でした・・・・。


さて、Austinでの試合を終えてバスで4時間、Corpus Christy到着です。
着いたのは夜中の2時でした。
それから防具を干しに行って、ロッカー整理して・・・・・・・。
日本でもそうですが、遠征帰ってきた時のこの作業が本当億劫です。
眠いし疲れてるし、かなりきつい作業です。

でもでも、翌日練習あったり試合あるし、自分の仕事道具でもあるので邪険に扱えないんですよね。
億劫な気持ちをグッと堪えて、眠い気持ちを我慢してのロッカー整理です。

 
その後、ルームメイトとホテルに帰り即爆睡。
 
 
 


しかし、翌日というかその日の14時には試合あるので10時前には起床して朝食。。。

眠いけどご飯食べないといけないので無理して起きて、軽く朝食とってスーツに着替えて今度は初のホームゲーム。だいたい3時間前にリンク入りました。
スティックいじったり、防具チェックしたりアップしたり、いろいろ準備してミーティングして試合です。
確かに疲れMAXですが、アメリカでは週末3連戦(金曜・土曜・日曜)がよくあるのでこういう home & away での連戦も珍しくないらしく、こういった状況だからこそ実力やメンタルが試されるのだと思います。
敵は先日と同じAustin。相手も同じ状況なわけですからよりタフさを求められます。

ほんとこの日も体が重かったですけど、無理っくり体動かしてました。

セット的には4つ目で使われてのスタートでした。

昨日結果出していただけにこの起用には納得できませんでしたが、与えられた状況、与えられた環境でベストを尽くすのが選手なので、とにかくチームにプラスになるようなプレーを心がけ、失点しないように、且つ得点に絡めるように集中してました。でも、その場その場を凌ぐ感じのプレーが多くなってたようで、自分自身も明確な記憶がないくらいのゲームでした。

集中してるけどプレーした内容がしっかり思い出せないような・・・・・・。
集中しきれていない証拠なのかもしれません。

決して悪いプレーではなかったけど存在感を表すには足りなかったと思います。。。。
チームは昨日のリベンジを果たして勝利ましたが、個人的には納得のいかない、そんなゲームでした。
 

翌日の練習では疲れも皆ピークだったので軽めでした。と思ってたらまた2〜3人いなくなってました。
明日はわが身なのでホンとこういうの怖いっす。

明日最後のプレシーズンマッチだからもう頑張んないとな〜〜、そんな思いと同時になんで昨日の試合4つ目で出番少なかったのか、そこら辺が納得できなてかったので監督と話そうと思ってました。監督とのコミュニケーションもたくさんはとれてなかったのでちょうど必要だな〜と思ってたので・・・・。


前日はアメリカにいる先輩や友人に手伝ってもらって細かなニュアンスや表現に気を付けて聞く対策練ってました。っで、翌日試合前に監督に話そうと思ったら、あっちも話があったらしく

『ちょっと部屋に来てくれ・・・・・』

と言われました。(うわ〜〜、いきなりカウンターかよ!!)と思い、なんだろう〜??と思ってたら


『君は、いいプレーしてたけど今日でリリースする。今後は自分の判断で行動してくれ。
                                                     日本に帰るか?それとも違うチームをあたってみるか?』

と言われました。


ちょっとショックでこの後の会話はたいして覚えてないのですが、ほんとショックでしたね。
鈍器で頭殴られたような感じでした。そんな経験はないけど・・・・・・・・。

もう、(この試合前でかなり気合入れてきたし準備してたのに〜〜)という思いと、(これからどうしよう)
と言う思いで混乱してました。試合観てましたが内容も覚えてなかったし、GMとも話しましたが良く覚えてないです。同時にルームメイトもリリースされてました。帰りの車とホテルの部屋は葬式かって言うくらい沈んでましたね。


もう、リリースされるとロッカールームには入れないし荷物も持って帰らないといけないのです。
リンクにも容易に入れなくなるし。
防具を持ってホテルに帰ってました。

監督は一応他のチームにも当たってみるとは言ってくれましたが、他のチームもトライアウトしてる状況なので、
現時点で人が足りなかったり、欲しいと言うのはほぼあり得ない状態なんですよね。

期待できると言えば、SPHL(southern professional hockey league)、がCHLの半ランクしたくらいのレベルで、トレーニングキャンプが1週間後に迫ってたのでそこのリーグくらいでした。。。。


しかし、チームメイトや監督に聞いてもいい返事はなく、ほぼお先真っ暗でした。

この1週間くらいは練習も出られないんで、ホテルのジムで体動かしたり、外走ったりとりあえずコンディションだけは維持しておこうと思ってました。気持ちがすごい不安定だったので練習するのも大変でしたが・・・。

車もなかったのでご飯食べるのも大変で、かといってお金もないのでホテルで食べるわけにもいかず、ランニングしてた時に見つけたメキシコ料理屋に一日二食、歩いて食べに行ってました。


もう今でもメキシコ料理食べるとこの頃を思い出します。



いろんなチームにレジメ送ったり手当たり次第に電話してましたが、全く反応がなかったので、アメリカ来る前にも相談していた、Gllen、(グレン、自分がちょうどスカウトされた時の西武のヘッドコーチ)
彼の紹介でとりあえずSaladoという町に行くことになりました。


自分でGreyhoundを予約し、相手方に電話して連絡を取り確認。
もう右も左もわからないけど、とりあえずCourpus Christyから脱出しないと次がないなという思いがあったので急いで移動したような感じでした。






つづく。

posted by kazuma at 00:13 | Comment(2) | story of U.S. 06-07

2007年08月27日

Salado, vol 1

昨年のアメリカでの話です。


Gllenの紹介により、同じTexas州のSaladoという小さな町に行ける事になったのですが、そこまでのやりとりが大変でした。Gllenは昨年、スイスのエキストラリーグのチームででアシスタントコーチしてたので、彼に連絡取るのも時差と遠征行ってない日を見計らってするという壁がありました。


しかも、英語が完璧でない自分にとって電話でのやり取りはなかなか難しいものがあります。


Gllenの知人を紹介してくれた電話では


『俺の友達にグレンという人がいるからそこに行け!!連絡しとく。』
『グレン??』
『Glynn(グレィェン)だって。』
『Gllen(グレン)あんたじゃん!!』
『違うよGlynnだって。』
『え〜〜〜??どういう事??』
『Glynn Gantenbein. Gnatenbein家にGleynnって男がいるんだよ!!』


このGantenbeinという名も聞きなれない名前だったので聞き取りが難しく、地名なんだかなんかの単語なんだか全く意味わかってませんでした。こんなスイスとアメリカでの国際電話を30分位してる間に、


『とりあえず、お前はGreyhoundを予約してSaladoに行け!!』


という事になりました。




短いけど濃かった Corpus Christy での生活に終止符を打ち


Corpus Christy  →  Sanantonio 乗り換え →  Austin 到着。


乗り継ぎ合わせてバスで6時間、ついこの間試合をやったAustinという街に到着しました。


Glynnの奥さんのDonnaが迎えに来てくれてました。
Saladoはそこから車で40分くらいの町です。


かなり落ち込んでた時期だったので、ホテルの暮らしを脱出し、見ず知らずの東洋人を迎え入れてくれる
Gantenbein家の優しさ、心の広さには本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。


Donnaは非常にホッケーが好きで、全てのホッケーチャンネルと契約し、毎晩見ているようなホッケーママでした。また、Gllenとの交流もあったので何人かこうやってホッケーをシーズン途中で解雇になった選手を家で受け入れてあげたり、シーズン終了後に実家に帰る前に家に招待したり、いろいろ行ってるらしいのです。

なのでホッケーにはとても詳しいし、事情・状況もかなり把握していました。


そういった事もあったので、ここでの生活は午前トレーニング、午後からはDonnaと再度履歴書の作成をし、売れないミュージシャンのデモテープのように片っ端からいろんなチームに郵送しまくってました。

履歴書はDonnaの手直しによりアメリカ式のビジネス文面に変え、自分の情熱や何の為に来ているのか、なぜアメリカなのか?などを書き直し、推敲してもらってました。


また、それ以外の時間は英語の勉強とGantenbein家が経営しているアンティークショップの手伝いをしていました。家具を運んでディスプレイしたり、家具の買い付け(競り)にダラスまで行ったり、引っ越す前の家に行って配置手伝ったり。。いろんな家やアンティーク家具を見ることが出来ました。何個か面白い物upしてみます。



antler


鹿の角で出来たシャンデリア
かなりゴージャスです。


cactus

サボテンのシャンデリア
なかなかキュートです。


って2つともアンティークではないですが、こういうのも見たり預かったりしてました。








なにはともあれ、トレーニングキャンプでギスギスした生活をしていた自分にとってはここはかなり居心地が良く、2人の親切さは
とても嬉しかったです。



よく、メキシコ料理を食べに行くのが引っかかるだけでしたが・・・・・。


 

posted by kazuma at 19:15 | Comment(0) | story of U.S. 06-07

2007年09月23日

Salado, vol 2

昨年のアメリカでの話です。昨年の話も最後まで終わらせたいので書かせてください。
今シーズンと間違わないようにご注意を!!

 
Saladoでは履歴書を送ったものの全く返事がないまま2・3週間と過ぎていき、ここでの生活が意味あるのかどうか、いつも朝起きると『もう帰ろう。。』でも夜のなると『まだ望みはあるかも・・・・』という繰り返しの日々が続いてました。
実際これといって充実した毎日であったわけでもなく、手応えもなかったので現段階であれば日本に帰ってもまだ体が鈍っていなくて間に合うだろうとか、いろいろな考えがぐるぐる回ってました。


たくさんの人にも相談したり、話を聞いてもらったり、いろんな人にお世話になりましたが、一番大きかったのは出発前にお世話になった人達へ挨拶に行った時の事が大きな砦になっていたような気がします。





あんなにお世話になったり、期待してもらってこれで帰る、はないだろう!!

何もしていないし、何も得ていない。結果さえ残していない。
 





もちろん、自分の中での悔しさや苛立ちなどもアメリカに残る活力にはなっていましたが・・・・・・。

 


そんな何もしてないだけに、余計な考えがグルグル回る日々を過ごしていました。。
しかし、今思うとこうした無駄なようでモヤモヤした日々が自分の中でいろんな事が整理されて今後どうやっていきたいか、何を目指したいかを明確にしてくれた、大切な時間だったのかもしれません。。

そんな日々が3週間続いたある日、急に朝電話がかかってきました。
 


ECHLのPensacola Ice Pilots(アイランダースの3軍にあたるチーム)からホームスティ先の家に電話がかかってきて

『トライアウトのチャンスをやるけど来れるか?』


という、天の声とでも言うべき1本の電話が来ました。

 


この日は本当に嬉しく、GlynnやDonnaにもお祝いしてもらいました。
今でも鮮明にこの日の興奮は覚えています。


翌日Glynnはお祝いにとHootersへ連れてってくれました(笑)。
一応言いますが、レストランですから・・・・・。





そんなこんなで、Salado,Texasでの生活に終止符を打ち、Pensacola,Floridaへ移ることになりました。


Donna & Glynn


Gantenbein家にはとても親切にして頂き、かなりお世話になったので離れるのは少し寂しい気もしましたが、待ちに待ったチャンスが転がり込んできたという興奮も入り混じり、複雑な気持ちのまま移りました。



さすがに今回は飛行機で移動しました。


ちなみに海外で飛行機取るのも結構面倒くさく、ほとんどがオンラインなのですが、使えるカードがヨーロッパやアメリカ国内で作ったカードでないと使えないサイトが多いです。

なので、Donnaに予約をしてもらいDonnaの店でカードを使ったようにしてもらい、予約してもらいました。他の予約も同じで、こういうケースよくあるんですよね。

Italy,Franceとかで発行したカードが使えるのに日本のカードが使えないのはほんと不便です。





つづく。

posted by kazuma at 22:32 | Comment(0) | story of U.S. 06-07

2007年10月26日

Pensacola, page 1


昨年のアメリカでの話です。一応この話も最後まで終わらせたいので書かせてください。

今シーズンと間違わないでください。



SaladoからPensacolaまではお金の心配もありましたが、コンディション等も考えてGreyhoundを使わずに飛行機で移動しました。

Texasでは氷にも充分に乗れていなかったのでかなり不安はありましたが、もうやるしかない。
チームに合流して早速練習に入りましたが、CHLよりレベルが高いと聞いてましたが、体もでかいしスピードも違う。かなり頑張んないとだめだなというのがはじめの印象でした。
2・3日するとコーチに呼ばれコーチ室へ。。。


これはトラウマ、早速クビかよ!!
って思ってビクビク行ってみると、ビザがないと一緒に練習できないとの事。

と言っても誰がそんなの確認してるんだよ??
って思いましたが、ルールはルールなので今後は一緒に練習できない事に。

やっぱり、コーチ室に呼ばれるといい事がない・・・・・・・。


これ以降はチームの全体練習が終わってから一人でリンクへ上がって練習してました。

結構きつかったですけど、Texasにいて充分にアイスタイムがない事に比べると、一応まだ望みはあるので気持ちだけはしっかり持つように心がけていました。ま〜こんな一人の練習でどうやって判断してくれるんだよ??っていう思いもありましたが、これは信じるしかなく、やるしかなかったです。

霧の中を歩いているような感じでしたが、とりあえず前に進もう。そんな感じでした。


一人で練習する日々が1週間以上続いていたある日、再びコーチ室へ。


今度は始めてコーチ室でgood news。ビザを申請してあげるということでした。


と言う事は契約する方向??また、Booster club の幹部の人の家にお世話になっていましたが、ようやく他の選手と同じアパートに移動できる事に。。。


後々わかりましたが、一人での練習や姿勢が評価されたらしいです。


アメリカに来て、このトライアウトのチャンスをもらった時の喜び。
その次くらいに嬉しかったです。

しかし、何が起こるかわからないアメリカ。。。気だけは緩めないでいこう。
そう決めて練習に励んでいました。

 



と同時にこの時のPensacola Ice Pilots。非常に負けが混んでいて選手の入れ替えが尋常じゃないくらい激しかったです。自分が行った時はすでに監督が解任され、アシスタントコーチが臨時監督になってました。後々彼はそのまま最後まで監督しましたが。監督が責任を取った後は選手です。バッタバッタ切られてました。その地区の最下位に甘んじていたPilotsは、金・土の試合を終える度、月曜には防具がまとめられてネームプレートが外され、火曜には入れ替わりで新しい選手が来てました。それは、トレードだったりただの解雇だったり。

去年もそうだったようで述べ50人以上がPilotsでプレーしたようです。ほんとボロボロ、激動の中に来たな〜というのが印象的でした。Pilots、12月の時点ですでに述べ30人がプレーしてました。


自分がレジメを送った時は10試合経過して1勝9敗。

そんな状況だったからこそ、自分にチャンスが回ってきたのだと思います。

 

Pensacola

Pilotsのホームリンクです。


つづく。

posted by kazuma at 11:54 | Comment(4) | story of U.S. 06-07

2008年01月03日

Minneapolis


今年は一人でひっそりと年越しをしましたが、去年はミネアポリスでポディーン夫妻(05−06シーズンのチームメイト)と過ごしてました。そう、彼は海外のウィキペディ載るくらい有名なんです。。

Corpus Christi(Texas) → Salade(Texas) → Pensacola(Florida) → Richmond (Virginia) → Minneapolis(Minnesota) 

と3ヶ月で各地を転々としていてもう結構メンタル的にもボロボロでした。

そんな状況を逐一ショーン(ポディーン)に報告してたので、バックスに戻ってプレーする事になったと言ったら、ぜひミネソタ経由で帰れという話になり、飛行機もたまたまミネソタ発からのものが取れたので、遠慮なく31日の大晦日着の便で向かったのでした。
前日までリッチモンドのチームで試合して、翌日のフライトが激早だったのでほとんど寝てもなく、疲れMAXでしたが、ショーンは久々の再会を喜んでくれてたくさんのプランを立ててくれてました。


ミネソタバイキングス(NFL)のゲーム。ミネソタワイルド(NHL)のゲーム。そして夜はカウントダウン。


ショーンの男友達3・4人と一緒に初のNFL観戦。しかし、ショーンは酒好きと言う事もあり、たくさんビール飲まされて試合内容覚えてないです。ハーフタイム寝てたし・・・・・。



Minnesota Vikings 1    Minnesota Vikings 2   Minnesota Vikings 3

そして、次はいよいよ、NHLかー?O?b?h?i???????????j?O?b?h?i???????????jと楽しみにしてると、
『やっぱ腹減ったし酒飲みてーな。NHLキャンセルしてバー早めに行くぞ!!』
となんともショーンらしい発想で一番楽しみだったNHLがキャンセルになり、ポディーン夫妻とフランス料理を食べてバーへ。そこからが地獄の始まりでした。


2つくらい繋がったバーがあって、そこは真ん中で演奏したり、舞台で演奏したり、曲を楽しみながらお酒を飲むといった感じの所でした。始めは、ショーンが自分の為にバンドを使って全店内に自分を紹介させてリクエストまでしてくれたり、会う人会う人に日本のホッケー選手だって紹介してくれたり・・・・・・・。

でもその反面、会う人会う人と『乾杯』。小さなグラス渡されてイッキさせられてました。
舞台の裏に連れてかれても、バンド仲間に、俺の友達だぜーって挨拶させてまたイッキ。。。

たいしてお酒が強くない自分にとってはもうきつかったですね。
『待って待って』といっても、
『今日今年最後だぜ。。男見せろ!!』とわけのわからない事言われて飲まされ続けてました。

いやー帰ったらすぐにバックスの試合があるからと思い、チェイサーの水をかなり無理して飲んでましたがたいした効果もなく・・・。


22時半くらいになるともう限界でショーンから逃げて外の空気吸ったり、雪で顔冷やしたりしてましたが、
時すでに遅し、pukeして通路でダウンしてました。



すると、いきなりビンタが飛んできて、
『心配したろうが、探したぞ!!何してたんだよ!!』って、ショーンが目の前にいました。
何してるも何も、お前が飲ませまくったんだろうが、と思いましたが、言い返すくらいの余力もなく、
『やばいやばい、限界だよ。』と言うと。

『もう少しでカウントダウン始まるから来いって』との強引に連れられてまた店内へ。


でも、やっぱり椅子に座りながらダウン。


するとかなり店内が盛り上がってきて、10・9・8・7・6・5・・・・あーカウントダウンかな??
と意識朦朧の中、2・1・0っていきなりキスされたので、奥さんのシェリーかな??と思って目を明けると



ショーン



アメリカでは新年をハグやキスで迎えますが、新年のキスがショーンかよ!!
しかも、ひげジョリジョリでいてーーし。


本当にまたもどす(pukeする)とこでした。



そんなこんなでハチャメチャな新年を迎えた去年は、次の日の昼の便に乗って日本へ帰国し、
その翌日にはすぐ王子戦の為苫小牧へ向かったのでした。


ちなみに、ショーンは酔っ払いすぎが原因で翌朝奥さんに怒られてました(笑)。


A Happy New Year @ Minnesota
ポディーン夫妻とダウン寸前の自分



なんとも思い出深い年越しでした。

ありがとう、ショーン。

 
posted by kazuma at 12:28 | Comment(2) | story of U.S. 06-07