2007年10月26日

水面下


トレーニングキャンプが終わってもチーム編成が落ち着く事はありませんでした。

前にも書きましたが、FW14人、DF9人、GK3人いました。


今回はGKの話を。



GKが3人。ニモ(Nemorgine)、ブレット(Brett)、モージィー(Mole)。

マイナーリーグではたいてい2人のGKしか契約しません。チームにもよりますが。
なので、この時点で誰か切られるはずでした。が開幕直前まで3人・・・・。
ニモは小さなGKでとても池田さん(元バックスGK)に性格やスタイルが似ていて結構一緒にいることが多かったです。気の合う事も多く、よく話をしていました。

ニモはトレーニングキャンプ中は
『ブレット、モージィーがいるから自分はかなり厳しいと思う。でも、ベストは尽くすよ。』
と言ってました。確かに、FWの自分から見ても他の2人から実力は少し離れていました。 



ですが、トレーニングキャンプ後の監督とのミーティングでニモはチームに残る事になりました。

『モージィーがSound Tigersに昇格する事になった。
             だから君をチームに残したい。これからも頑張ってくれ。』   と言われたそうです。

ニモは
『はっきりと契約するという話はなかったけどチームに残れる事は自分には良かった。頑張るよ!!』 



モージィーはモージィーでSound TigersのGK・マクドナルドが奥さんの出産の為奥さんの下へ戻るという理由で、Gk1が人必要となり、Sound Tigersへ昇格する事になってました。モージィーは去年もPensacolaで一緒だったのでよく話をするし、今のアパートのルームメイトなのでいろいろ話を聞いてました。彼にとってもこれは良い話でした。

『5日間かもしれないし、1ヶ月残れるかもしれない。俺は俺でベストを尽くす。
                         長くSound Tigersに残れるよう頑張るよ。』 とモージィー。




トレーニングキャンプ直後の日曜・月曜はそういう話が選手間でいろいろ回っていました。

しかし水曜日、Phoenix出発前の前日の練習、ニモがFWに突っ込まれて捻挫しちゃったんですね。
その練習後彼はいきなりコーチ室へ呼ばれリリースを言い渡されました。解雇です。


モージィーは僕らがPhoenix出発前日にSound Tigersへ合流する為Bridgeportへ出発。


なので、この時点でGK一人でした。しかし、チームはそのままPhoenixへ。


試合当日@Phoenix(金曜日)朝の練習へ行くとSound Tigersのトレーニングキャンプで一緒だったブッチー(Bucchiano)が来てました。彼にはそのトレーニングキャンプ中たまに車に乗せてもらってたのでお互い顔を覚えてました。


『いつ呼ばれたの??いきなり昨日??』  などと聞くと、


『火曜の時点で打診があった。Sound Tigersのキャンプの後Augusta(ECHL)のキャンプに出たがリリースされた。契約できると思ってただけに、まさかの出来事でショックだったけど、たまたまGrizzliesから電話があって呼ばれた。。』


との事でした。なんともコロコロ変わる世界です。

こういう事もある為、Grizzliesの監督もSound Tigersのトレーニングキャンプへたくさんの選手を見に来てるしコンタクトもとってるんだな〜〜と感じました。

ブッチーもどのくらいGrizzliesにいれるかわからない。
だけど、長く生活できるよう、大きなバックを持って来てました。





という事は、ニモは濁されたまま念のためホールドされ、結局ブッチーを呼ぶ。
最終的にはこういう風になるのか・・・・・・・。という印象でしたね。



ご存知の通り、週末3連敗しました。GKの責任も大きかったです。
先発出場したのは3試合ともブレットでした。


『多分俺トレード出される。時間の問題だ・・・・・・・。』  とかなり落ち込んでました。


モージィーが一昨日帰ってきて現在GK3人です。
モージィーは安泰として、それぞれ落ち着かない立場、精神状況の中、現在に至ってます。





自分も他人事ではない状況。。。


こういう風にマイナーリーグは非常に目まぐるしい人事異動を繰り返してシーズンを戦っていきます。

 
 
posted by kazuma at 12:03 | Comment(6) | season in U.S. 07-08

Pensacola, page 1


昨年のアメリカでの話です。一応この話も最後まで終わらせたいので書かせてください。

今シーズンと間違わないでください。



SaladoからPensacolaまではお金の心配もありましたが、コンディション等も考えてGreyhoundを使わずに飛行機で移動しました。

Texasでは氷にも充分に乗れていなかったのでかなり不安はありましたが、もうやるしかない。
チームに合流して早速練習に入りましたが、CHLよりレベルが高いと聞いてましたが、体もでかいしスピードも違う。かなり頑張んないとだめだなというのがはじめの印象でした。
2・3日するとコーチに呼ばれコーチ室へ。。。


これはトラウマ、早速クビかよ!!
って思ってビクビク行ってみると、ビザがないと一緒に練習できないとの事。

と言っても誰がそんなの確認してるんだよ??
って思いましたが、ルールはルールなので今後は一緒に練習できない事に。

やっぱり、コーチ室に呼ばれるといい事がない・・・・・・・。


これ以降はチームの全体練習が終わってから一人でリンクへ上がって練習してました。

結構きつかったですけど、Texasにいて充分にアイスタイムがない事に比べると、一応まだ望みはあるので気持ちだけはしっかり持つように心がけていました。ま〜こんな一人の練習でどうやって判断してくれるんだよ??っていう思いもありましたが、これは信じるしかなく、やるしかなかったです。

霧の中を歩いているような感じでしたが、とりあえず前に進もう。そんな感じでした。


一人で練習する日々が1週間以上続いていたある日、再びコーチ室へ。


今度は始めてコーチ室でgood news。ビザを申請してあげるということでした。


と言う事は契約する方向??また、Booster club の幹部の人の家にお世話になっていましたが、ようやく他の選手と同じアパートに移動できる事に。。。


後々わかりましたが、一人での練習や姿勢が評価されたらしいです。


アメリカに来て、このトライアウトのチャンスをもらった時の喜び。
その次くらいに嬉しかったです。

しかし、何が起こるかわからないアメリカ。。。気だけは緩めないでいこう。
そう決めて練習に励んでいました。

 



と同時にこの時のPensacola Ice Pilots。非常に負けが混んでいて選手の入れ替えが尋常じゃないくらい激しかったです。自分が行った時はすでに監督が解任され、アシスタントコーチが臨時監督になってました。後々彼はそのまま最後まで監督しましたが。監督が責任を取った後は選手です。バッタバッタ切られてました。その地区の最下位に甘んじていたPilotsは、金・土の試合を終える度、月曜には防具がまとめられてネームプレートが外され、火曜には入れ替わりで新しい選手が来てました。それは、トレードだったりただの解雇だったり。

去年もそうだったようで述べ50人以上がPilotsでプレーしたようです。ほんとボロボロ、激動の中に来たな〜というのが印象的でした。Pilots、12月の時点ですでに述べ30人がプレーしてました。


自分がレジメを送った時は10試合経過して1勝9敗。

そんな状況だったからこそ、自分にチャンスが回ってきたのだと思います。

 

Pensacola

Pilotsのホームリンクです。


つづく。

posted by kazuma at 11:54 | Comment(4) | story of U.S. 06-07